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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

昌子とサイクリング

               ≪九月十日≫    -壱-



昨日確認した長距離バスの運賃があまりにも安すぎるので、心配に

  なり午前六時半、バス会社まで早朝散歩する事にした。


 さすがに人通りは少ない。


 それでもかなりのバスが動き始めていた。


 デラックスな長距離バスも動いている。



俺もあんなバスに乗れたら良いのになー!


 そう思いながらもオンボロバスをキャンセルしてまで、乗り換えたい

  という気は不思議と起きてこない。


 オフィスへ行くと、隣の狭い空き地に小さなオンボロバスが一台停ま

  っていた。


 もうすでに数人の現地人で半分ほど席が埋まっている。


 一日中走ると言うのに、トイレもないし、荷物はバスの屋根の上に乗

  っけるらしい・・・雨が降ったら・・・・濡れるよな。



バンコック~チェンマイ間のあのデラックス・バスを思うと、天国

  と地獄を見ているような気がする。


 しかしそれは見た目だけのものかも知れないと自分に言い聞かせる事

  にした。



部屋に戻って、冷たいシャワーを浴びて、朝食を取る為にレストラ

  ン”ドラゴン”へ向かう。


 朝食代6Rs(132円)。


 食事を済ませて、手紙を出すために郵便局へ向かう。


 その後、銀行へ。


 US$18を224.1Rsに換金して銀行を出ようとした時、一人の日本人に呼

  び止められた。



       彼女「あのー!日本の方ですか?」


         俺 「えっ!俺?日本人ですけど・・・・?」


         彼女「良かった!日本の方かな?どうかな?って、

             ちょっと分らなくて・・・・。」



なんとこの俺は日本人とすぐには分らない風貌になってしまってい

  たのか。


ショック!!


 いや、その国に溶け込んでいるという事は素晴らしいことだ。


 それもそうだろう。


 顎鬚も伸ばし放題だし、着ている物といえば、バンコックで買ったも

  の・・・・どう見ても、日本人には見てもらえないのかも知れない。


 声をかけてきたのは女の子だった。


 年の頃は、22~23歳だろうか。



       俺  「何ですか?」


         女の子「もうネパールは長いんですか?」


         俺  「いえ!まだ着いて三日目ぐらいかな。」


         女の子「私、昨日飛行機で来たんですけど、今エク

              スプレス・ハウスに泊まっているんです。」


         俺  「ああ!奥さんが日本人だと言うホテルです

              ね。」


         女の子「ええ、そうです。ご存知なんですか?」


         俺  「俺もカトマンズに着いたその夜は、わから

              なくてそのハウスに泊まったんですけど、何しろ宿泊

              代が高すぎて・・・・・。」


         女の子「ええ!高いって、たった30Rs(720円)

              ですよ!」



       俺  「30Rsは高いですよ!今泊まっている所は、

              4Rsですから・・・・。」


         女の子「ええッ!4Rs(90円)ですか!」


         俺  「そのかわり、クソボロのホテルですよ。今

              にも崩れ落ちそうなんですから・・・。」


         女の子「へ~~~~~!良く見つけましたね!」


         俺  「カトマンズなんて、小さな街ですか

              ら・・・。」



彼女の名前は、岩本昌子20歳。


 東京の大学に通っている。


 生まれたのは北海道の旭川市の近くで、小さい時に東京に引っ越して

  きたと言う。


 学生時代はソフトボール部のキャプテンで、なかなかスリムな顔立ち

  が野性的な美人だ。


 俺のかかれば、誰でも美人になってしまう。



       昌子「電話かけれるところ知りませんか?」


         俺 「知ってるけど・・・・連れて行きましょう

             か?」


  昨夜調べた事が、ここで役に立つとは。


         昌子「ええ、お願いします。」



彼女を連れて、イエロー・パゴダ・ホテルへ行き、受付で電話の申

  し込みをしてあげた。


         俺 「国際電話したいんですけど。」


         受付「いつ、繋がるか分りませんよ。待ちます

             か?」


         俺 「どうする?」


         昌子「待ちますから・・・お願いします。」



彼女が待っている間、彼女を一人にして、絵葉書を出しに郵便局に

  行って帰って来ると、もうすでに彼女は話をし終える所だった。



       俺 「もう、終ったんですか。」


         昌子「ええ!ありがとうございました。」


         俺 「どれ位、待ちました?」


         昌子「20分ぐらいかな。」



彼女が料金を支払いに受け付けに行く。



       俺 「いくらしたの?」


         昌子「七分間で、346.5Rs(7623円)。そのうち32Rs

             が手数料ですって。」



いくら物価が安いとは言え、通信料は先進国並。


 後進国からの通信は贅沢と言うものと言えるだろう。


 何しろ切手一枚で、一日の生活費が飛んで行くと言うのだから。



               *



イエロー・パゴダ・ホテルにある新聞に、中国の毛沢東主席の死亡

  が載っていた。


 ホテルを出たあと、彼女に付き合って日本大使館へ行く。


 ネパールに来てまで、こんな美人とカトマンズの街をサイクリングで

  きるとは、夢を見ているようだ。


 残念ながら、俺への便りは来ていなかった。



大使館前の道を右へ行くと、急な坂道(くだり)が続いていて、ペ

  ダルをこがなくても、自転車はものすごいスピードで走ってくれる。


 しかし、今日は彼女とデート?そうスピードは出せない。


       昌子「お礼に、食事でもしましょうか!」


       俺 「良いねー!」


       昌子「どこか知ってます?」


       俺 「いつも言っている所で良かったら案内します

           よ。」


       昌子「案内してください。」



いきつけのレストラン”ドラゴン”へ向かう。


 店に入る。



     昌子「カトマンズの男とか言う映画があったでしょ!あ

           の映画を観てから、一度行って見たいなあ!って思

           ってたんですよ。その夢がかなって・・・・。」


       俺 「一人で来たんですか?」


       昌子「いえ!二人で来たんですけど、彼女いろんな人に

           手紙を各とか言って、今部屋にいるんです。あなた

           は?」


       俺 「カトマンズは、バンコックから飛行機で。その前

           は、沖縄~石垣島~台湾~香港~タイ~と来まし

           た。」


       昌子「これからは?」


       俺 「インドへ行って、そこからヨーロッパまで行くつ

           もりです。」



     昌子「へ~~~!すごいですね!学生なんですか?」


       俺 「いや!社会人ですよ。」


       昌子「休暇もらえるんですか?」


       俺 「辞めて来ました。」


       昌子「ええ~~!辞めたんですか?」


       俺 「俺の夢でしたから。」


       昌子「いいなー!男の人は・・・・!私もインドへ行き

           たいんですけど・・・。こういう時って、つくづく

           一人旅出なきゃって思いますよね!一人勝手な行動

           が出来ないんですもの。」



     俺 「旅はやっぱり一人でしょう。いろんな場所で、い

           ろんな人と出会う。最初っから連れがいるなんて、

           新婚旅行か老人達の旅でしょう。」


       昌子「でも、女はなかなかね。勇気がいるのよ。」


       俺 「そうだな。ネパールまでだね。」


       昌子「楽しかったわ。また連絡しますね。連れが待って

           いますから。」


       俺 「俺も楽しかったよ。」



                  *



彼女と別れて、空港へ。


 何も分らないまま降り立った空港も、何も分らないままタクシーに乗

  った街へ続く道。


 今もう一度この目で確かめるべく、自転車で行ってみる事にした。


 上り下りの激しい、ガタガタ道をのんびりと走る。


 四、五分で街を出る。


 ここからはもう一本道。


 周りは田畑が遠々と続いているだけの道。


 その先は、四方八方、エベレストの頂を持つ山々が、雲の上までそそ

  り立っているのが見える。



そんな景色の中を四十分も走っただろうか、空港らしくない空港が

  姿を現し始めた。


 そんな時、フッとここに降り立った自分を思い出す。


 右も左も分らなかった俺が、今では自分の庭のように自転車で走り回

  っているなんて・・・・・。


 そんなことって、人間にはよくある事なんだろうなあ~~。


 そんな思いが頭を過ぎる。



空港はちょっとした高台にあって、周りは石塀で囲まれていて、中

 の滑走路が見えないようになっている。


 その塀に向かって少し登ると突当たり、それを塀に沿って左へまた急

 な坂道を登る。


 するとすぐ左手に、牛が何十頭も放し飼いにされているのが目に入

 る。


 空港への道も牛が歩く。



坂道を100メートルも上がると、右手に空港のオフィスが見えて来 

 た。


 国際線の空港というのに、まるで活気がなく、何台かの車が停まって

 いるだけの空港。


 日本で言えば、小さな地方空港というところか。


 オフィスに入ってみる。


 掲示板を見ると、カトマンズ発が二便。


 到着するのが二便。


 たったそれだけが今日の全てなのだ。



その中に、何日か前に俺が乗ってきた、バンコック発の便が含まれ

 ていた。


 降り立つだけの空港だ。


 駐車場に出て、自転車で走ってきた方向を見る。


 街の全容が見てくる。


 空が俄かに曇ってきた。


 時間的に言うと、そろそろスコールの来そうな時間帯になってきたよ

 うだ。


 傘は持って来ている。



自転車にまたがり、空港を出る。


 おや?


 左の方向を見ると、日が射している。


 スコール特有の空模様だ。


 ”もう来るぞ!”


 そう思いながら、坂道を石塀に沿って走り降りる。


 さっきの牛が十数頭道をふさいでいた。


 地元の子供達が、牛と一緒に歩いている。


 大人しい牛と分っていても、十数頭もノッシ、ノッシと道を塞いでし

 まっていると、その間を縫って走ると言うのも怖いものがある。



牛と歩みを合わせながら、ゆっくりと坂を下り、やっとこさ牛から

 解放される。


 さあ!走るぞ!そう思った瞬間、スコールがものすごい勢いでやって

 来た。


 傘は持ってきたが、まるで役に立たない。


 自転車を降り、近くの民家の軒先を借りて、スコールの通り過ぎるの

 をやり過ごす事にした。


 暫くすると、右の小道から少年が頭を押さえながら走ってくると、俺

 が雨宿りをしている民家の軒先へやってきて、俺の隣に来てニッコリ笑っ

 た。


 俺も少年に笑い返す。


 言葉は通じないが、暖かい空間が出来上がった。



       俺 「すごい雨だね!」



 日本語で少年に語りかける。



       少年「大丈夫だよ。この雨はすぐ止むか

             ら・・・・。」



 少年が俺に言った。


 もちろん二人には言葉は交わさない。


 でも分る。


 まるでそう語っているような目をして俺を見ている。


 そして俺は、その後も少年にはわかるはずもない日本語で語りかけ

 た。



       俺 「こんな雨宿りなんて、もう日本では出来なく

             なってしまったもんなー!」



少年が言ったように、十五分もするとスコールは去り、瞬く間に晴

  れ間が覗き始めた。


 自転車の雨水をふきはらって道に出ると、何処で雨宿りをしていたの

  か、数人の小さな子供達が現れて”バイバイ”と笑いながら、手を振っ

  てくる。


 つい笑みがこぼれ、子供達に向かって手を振っていた。



一緒に雨宿りをした少年も”じゃあね!”と笑って別れた。


 気持ちのいいスコールだ。


 気持ちよく自転車にまたがりまた走り始めた。


 どのくらい走っただろうか。


 自転車を何処でどう手に入れたのか、さっき別れたばかりの雨宿りの

  少年が、自転車に乗って追いかけてきた。


 暫く少年と並走する。



空港からカトマンズへの道。
 白い一本の小道が走る。


 田園風景とポツン、ポツンと土塀の家がある。


 そんな数少ないボロ屋の近くを通ると、突然すごい美人が出てくる。


       俺 「ええ?何でこんな家に、あんな美人が住んでいる

           の?」


  (もったいないな。にほんに生まれていれば良い生活が出来るの

     に・・。いや?今のままが幸せなのかも。)


 そんなことを思いながら、何度も何度も美人が現れた家を振り返って

  みている。



いつの間にいなくなってしまったのだろう。


 俺が突然現れた美人に見入っていた時か。


 カトマンズの街に入る手前で少年はいなくなっていた。


 のんびりした田園風景の中から、活気溢れる街に自転車は入って行

 く。




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